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続いて無量光院跡へ行きました。





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無量光院は、極楽西方浄土を再現した12世紀(平安時代)の仏教寺院の貴重な例で、浄土庭園の最高傑作と評価されています。
無量光院とその浄土庭園からは、建築物としての重要性に加え、当時の人々が思い描いた極楽西方浄土の姿を伺い知ることができます。

13世紀(鎌倉時代)の歴史書『吾妻鏡』には、無料光院の伽藍は京都にある平等院を模したものと記されています。
無量光院と平等院には、中島に翼廊を備えた阿弥陀堂が建てられていました。

無量光院は、三代秀衡(1122-1187年)が造営しました。
無量光院の境内は、周囲を囲む土塁と、3つの島をもつ広大な苑池で構成されています。
池の中のもっとも大きな中島に阿弥陀堂が建っていました。
極楽浄土は西方にありとする仏教の世界観を表すため、阿弥陀堂は東向きに建てられていました。

発掘調査では、東島から数棟の建物の跡が発見されました。
ここで儀式や祈りが行われたと考えられています。
北小島には、中島への橋跡が確認されています。

無量光院跡は、世界遺産「平泉」の構成資産に含まれています。

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平安時代末に奥州藤原氏三代秀衡が建てた寺院の跡です。
浄土庭園として知られ、三方が土塁に囲まれた境内には、梵字が池と呼ばれる池跡があり、その中に本堂跡の磁石が残る西島跡と、東中島跡があります。

鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻鏡』によると、「宇治の平等院を模す」と記されています。
昭和27(1952)年に行われた発掘調査によって本堂の形などが、平等院鳳凰堂に似ていることが確認されました。

四月中旬と八月末頃には、本堂と東中島建物の中軸線上に位置する金鶏山の山頂に、夕日が沈む光景を見ることができます。

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